「 露わになった中国の膨張主義 」
『週刊新潮』 '05年3月10日号
日本ルネッサンス 第156回
「国際社会から、中国と平和的に交渉せよと台湾は言われるのですが、どれほど交渉しても何も得られないのが台中関係です。一つの中国を受け容れれば台湾は併合され、受け容れなければ中国が交渉のテーブルにつきませんから」
こう述べるのは、台湾政府の国策顧問の黄昭堂氏だ。氏は3月5日からの中国の全国人民代表大会で「反国家分裂法」が制定されることに深刻な危機感を抱く。同法の詳細は3月1日現在、公表されていないが、台湾独立を阻止するための軍事行動を可能にする内容なのは明らかだ。
「法案の詳細はわかりません。中国がなにを以て『独立』への動きと見做し、軍事行動に踏み込む基準とするのか。独立という言葉の使用なのか。それとも憲法改正も正名運動(国号を中華民国から台湾に改めること)も軍事行動の対象となるのか、不明です」
黄昭堂氏は、しかし、法案の詳細にかかわらず、軍事力の増大に伴って、中国がより積極的に台湾独立阻止に乗り出してきたことを深刻にとらえなければならないと強調する。
台湾の国内状況は複雑だ。昨年の総選挙で陳水扁総統の民進党と李登輝前総統の台湾団結連盟は過半数を制するに至らなかった。陳総統は現実路線をとる余り、第二野党親民党の宋楚瑜主席と政策協定を2月24日に結び、譲歩の姿勢を見せている。
陳総統は当初、親民党ではなく野党第一党の国民党への接近をはかろうとした。行政院副院長(副首相)のポストを空白にして、国民党の政権参加を促したが拒否され、第二野党の親民党に接近した結果の政策合意である。黄昭堂氏はこの政策合意を「日本風に言えば、自民党と共産党の合作」と述べた。李登輝前総統も強い不満を表明した。
陳総統の力、つまり独立派の力が相対的に弱体化しつつあると同時に、台湾には別の深刻な悩みがあると黄昭堂氏は憂慮する。
「経済面での中国依存に歯止めがかからないのです。昨年の台湾の対外貿易の3分の1が、また対外投資の3分の2が、中国向けです。商売人には国境がないのです」
台湾が中国の脅威から身を守るには、中国の脅威の前に台湾人が心を集結し、中国が台湾に軍事侵攻出来ないだけの自衛力を手に入れることが不可欠だ。
台湾人の心は、陳総統や李登輝前総統らが総選挙で勝利出来なかったことを見ても、揺らいでいると言わざるを得ない。彼らが中国との統一を望んでいるとは言えないけれど、中国を恐れて、刺激を避け、現状維持を選んだとは言える。両国間で進む経済交流は、台湾の中国依存度を高めると同時に、中国の台湾資本や技術への依存度をも高めているはずだ。相互依存なのであるから、使いようによっては台湾も強い立場に立つことが出来る。にもかかわらず、台湾の財界人が摩擦よりも無風を望み、中国を恐れるところからこの相互依存の仕組みは台湾側の足下から崩れていく。台湾不利の状況は、台湾人の心のなかから作られると言ってよい。この点は日本の財界人が、小泉純一郎首相の靖國参拝に異を唱えるのと同じ精神構造である。もうひとつ、台湾も日本も共通して直面するのが中国の軍事力である。
示威行動の狙い
今年1月22日、中国のソブレメンヌイ級のミサイル駆逐艦が東シナ海の日中中間線のすぐ脇で示威行動に出た。春暁及び天外天の天然ガス及び石油採掘井戸の周囲を、約8,000トンの巨体を見せつけるように、彼らは展開した。
『中国/台湾海軍ハンドブック』(海人社)によると、同駆逐艦は本来ロシア海軍のために建造される予定だった。だが、経済の悪化などで建造が休止されていたのを中国が購入し、99年12月に1番艦が、01年1月に2番艦が完成、中国に引き渡された。
搭載されているのはマッハ2.5の対艦ミサイルSS─N─22で、海面から6メートルの超低空飛行が可能なため、レーダーでの捕捉が極めて難しい。日本も台湾も米国も歓迎出来ないこの駆逐艦が、堂々と姿をみせ、日本に対しての示威行動をとったのは、初めてだと専門家は語る。
反国家分裂法やソブレメンヌイ級駆逐艦による示威行動を、それ以前の日本への領海侵犯、500億ドルとも700億ドル(約5兆から7兆円)とも推測される軍事予算、増大する最新鋭の武器及び装備の購入などと合わせて考えれば、中国の狙いは明確である。東シナ海も南シナ海も中国の海だとの主張を具現化することだ。
対中国の連携を強化せよ
中国は、実質を伴わない脅しは威嚇の持続的効果を持たないために、脅しは必ず真実性を持たなければならないと信じている国だ。脅しは単なる脅しではなく、まさに真意なのだ。台湾併合のみならず、日本の海でもある東シナ海を中国の海として支配することを、本気で考えている。中国との話し合いは成立しないという黄昭堂氏の言葉は、日中間にも当てはまる。そこで機能するのは、極めて現実的な力の論理である。
中国の意図に対して、2期目に入ったブッシュ政権が警戒感を抱き始めたのは日台両国にとって歓迎すべきことだ。2月20日にワシントンで行われた日米安全保障協議委員会、通称2プラス2では、日米の共通戦略目標として「中国の軍事分野での透明度の向上を促す」ことと共に、「台湾海峡問題の平和的解決を目指す」ことが合意された。
中国外務省は早速「中国の国家主権、領土保全、国家安全保障にかかわる台湾問題を日米安保の枠内に入れたことに断固反対する」との声明を発表した。
黄昭堂氏が説明した。
「台湾政府は積極的な発言をしていませんが、2プラス2の結果にホッと胸を撫でおろしているのは確かです。日米両国との協調関係こそが台湾の民主主義の未来を担保してくれます。しかし、これまで陳総統はブッシュ政権に対して十分に働きかけてきたかと言われれば、それは否です。しかし、それは無理もないことなのです」
米国と国交のある中国の指導者は折りに触れ、米国大統領らと会えるが、台湾の政府首脳にとってはそれも儘ならない。直接語ることなしには、友情も信頼も芽生えにくいのだ。
陳総統の独立発言を警戒してきたブッシュ政権だが、クリントン前大統領が台湾を訪れたばかりだ。父親ブッシュと共に津波の被害国を訪問した数日後の訪台が、ブッシュ現大統領の意向でもあることは明らかだ。
日本政府も李登輝前総統に訪日ビザを出したのに続き、観光目的という前提を設けはしたが、陳総統夫人の訪日ビザを出す予定だ。静かに、しかし着実に、米国と共に、台湾との連携を強めていくときだ。